2016年5月9日月曜日

【エホバの証人を辞めたあなたのために 2】 ”エホバ”という呼称が指し示す真実 ~聖書の神は、多神教であった~


 聖書学者の間では、すで言い尽くされた感のあるこの話ですが、エホバの証人を辞めたばかりのあなたは、おそらくあまり知らないことだと思うので、今回は



 聖書の神は多神教である



という衝撃の事実からお話を進めたいと思います。



 エホバの証人をはじめとして、特にプロテスタント以降のクリスチャンは、「唯一絶対神にして、宇宙の創造主」としてのいわゆるエホバ像を常に思い描きます。




 ところが、聖書には、そんなことは一言も書いていない、ということを知ったら、あなたは驚くことでしょう。



 聖書に書いてあるのは、「とある神が天地を創造した」という話と、「とある神が、自分だけを信仰しろと言った」という話で、クリスチャンの99.9%はその「とある神」が同一人物だと考えています。



 これは、実は完全な誤解で、「そういう誤解をするように、聖書の著者がうまく二つの話をくっつけた」と知ったら、あなたは今回も叫びだしそうになるのをこらえなくてはいけません。





 さて、その説明をする前に、ともかく旧約聖書には、「エホバ」という神のほかに「バアル」という神がいて、「エホバを崇拝する氏族」と「バアルを崇拝する氏族」がやたら争ったり戦ったりするシーンが登場することをよくご存知だと思います。



 当然、聖書は「エホバ」側で書かれていますので、偽の神である「バアル」を崇拝する氏族は、いつもエホバ側の氏族に滅ぼされることになります。



 なので、これまた聖書を読む私たちは「エホバが真実の神で、バアルが偽者だから、エホバが勝つんだな」と思ってしまうのですが、これも、


ことばのあや、という誤解



なのです。




 これは一体、どういうトリックなのか。気になる人はもう一度聖書をじっくりと読んでほしいと思います。


 実は、聖書の中では、神と神々について、以下のような状況が描かれているのです。



① ヘブライ人が信仰しているいわゆる「エホバ」という神がいる。

② カナン人が信仰している「バアル」という神がいる。

③ その他、エジプト人やいろんな氏族が信仰している「たくさんの異教の神々」がいる。

④ そして、その中で一番強くてえらいのが、「エホバ」だと聖書は主張している。



 この言葉のあや、がわかるでしょうか?



 つまり、聖書の中には、徹頭徹尾「神は唯一絶対神しかいない」ということを説いているのではなく、「神はたくさんいるけれど、エホバが一番強い」と書いてあるだけなのです。



 ですので、現代人や、解釈のバイアスがかかった人間から見ると、



「エホバが唯一の神で、エホバだけが真の神である」


と思い込んでしまいますが、古代ヘブライ人は、そんなことは言っておらず、


「エホバが最強の神で、エホバが順位序列で言えば一番だ」


とずっと最初から最後まで言っているのです。





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 ということは、聖書の著者は、「エホバが唯一神」だと書いているのではなく、「俺の信仰する神が一番で、その証拠がこれこれだ」と書いているに過ぎないわけです。



 そして、このことが、創造主とエホバの関係においても、「おなじトリック」や「おなじ誤解」へと繋がるヒントになるのです。






 創世記においては、「神が天地や人を作った」ということになっています。


 そして、アダムとエバの子供たちが子孫を増やし、ついでに言えば「ノアの箱舟」の時にノアの一族しか生き残りませんから、ノアの子孫が現世人類の共通の祖先だ、ということになろうかと思います。


 さてここで。


 そのノアの子孫がすべての人類共通の祖先だとするのは良いのですが、そのうち



 ノアの子孫のアブラハムの一族だけが、真の神のエホバを崇拝している



という構図になっていることを思い起こしましょう。



 ということは、ノアの子孫のうちアブラハム以外の子孫は、「他の神を崇拝している」ということになります。

(なので、カナン人やエジプト人はヘブライ人の目の敵にされるわけです)



 さてここで、思い出してみましょう。



 カナン人がバアルを信仰していて、自分たちの神が正しいと思っている。

 エジプト人が、彼らの神を信仰していて、自分たちの神が正しいと思っている。



 彼らから見ると、創造主はバアルであったり、エジプトの神であったりしてもかまいませんよね?




 これと全くおなじことが聖書の中にそのまま記載されていることを知ったら、あなたはまたまた叫び出したくなることでしょう。





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 とっても簡単に言えば、こういうことです。



 聖書はいくつかの文書をつなぎ合わせたものだと考えられていますが、あなたのよく知っている新世界訳の聖書において



「神と書いてある部分は、創造主であるA神の記述」


「エホバと書いてある部分は、ヘブライ人の信仰神であるB神の記述」


と分類できるのを知っておくのは、悪いことではありません。



 つまり、カナン人がもし聖書を読むと、バアル=A神なのです。

 エジプト人の信仰から見れば、エジプトの神=A神でもあるわけです。




 そして、ここからが大事な事柄ですが、


「エホバは基本的には、ヘブライ人・ユダヤ人だけのための神であり、約束の地を与えると契約したのは、ヘブライ人相手だけなので、日本人であるあなたは、エホバが救う対象にはそもそも入っていない」


ということが、



びっくり仰天


の事実なのです。





 ということは、あなたやわたしは


創造主であるA神を信仰するつもりがあれば、まだ救いはあるかもしれないが、それ以外の神は土着のそれぞれの氏族の神なので、別にどうでもいい」



ということになるのです。





  なんだかすごいことになってきたと思いませんか?!







1 件のコメント:

  1. 旧約聖書はユダヤ教徒の為の経典ですからね。イエス・キリストもユダヤ教徒だった、けれども彼が初めて人類の救い、アガペーの愛を語ったということ。これが一般的なキリスト教の解釈かと。

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